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コロナ禍を乗り越えて:佐世保の海上交通、復活への軌跡

コロナ禍を乗り越えて:佐世保の海上交通、復活への軌跡

九州本土と離島・半島を結ぶ海の道。佐世保市の海上交通は、市民生活を支える重要なインフラです。令和6年版佐世保市統計書のデータを分析すると、コロナ禍による深刻な打撃と、その後の力強い回復の物語が見えてきます。

目次

激減した乗降客、そして回復へ

令和元年(2019年)、佐世保港の主要施設では年間約49万人が海上交通を利用していました。鯨瀬フェリー桟橋・浮桟橋では約25万人、新みなと浮桟橋では約28万人、三浦岸壁では約38万人が乗降していました。

しかし、令和2年(2020年)、新型コロナウイルスの感染拡大により状況は一変します。鯨瀬フェリーの利用者は約16万人(36%減)、新みなとは約23万人(19%減)へと減少。特に深刻だったのが三浦岸壁で、令和元年の38万人から令和2年にはわずか1.5万人(96%減)へと事実上壊滅的な打撃を受けました。

データが示す回復力
令和3年以降、状況は徐々に改善していきます。令和5年(2023年)には、鯨瀬フェリーが約21.6万人(令和元年比87%)、新みなとが約24.7万人(同87%)まで回復。三浦岸壁も3.1万人まで戻りつつあります。離島・半島住民にとって生命線である海上交通が、着実に復活していることがわかります。

施設によって異なる回復パターン

興味深いのは、施設ごとに回復のパターンが異なる点です。新みなと浮桟橋は比較的安定しており、コロナ禍でも約23万人を維持し、令和5年には24.7万人とほぼコロナ前の水準に戻っています。これは、九十九島方面への定期航路や観光船が、地元住民と観光客の両方に支えられているためと考えられます。

一方、鯨瀬フェリーは生活航路としての性格が強く、利用者の回復はゆっくりとしたペースです。三浦岸壁はクルーズ船などの大型船舶の寄港が中心だったため、国際観光の停止により大きな影響を受けましたが、令和5年には徐々に回復の兆しが見えています。

海の道が支える島の暮らし

佐世保市には宇久島をはじめとする離島があり、また神浦港から寺島への航路もあります。これらの航路は年間約2,800人の乗降客を支えており、島民の生活に欠かせない存在です。令和2年のコロナ禍でも約2,300人が利用し続けたことは、海上交通が単なる観光手段ではなく、生活のインフラであることを示しています。

見えてきた未来
令和5年のデータは、佐世保の海上交通が確実に回復軌道に乗っていることを示しています。国際観光の再開、離島振興、そして九十九島の観光資源を活かした取り組みが、今後さらなる発展を後押しするでしょう。海上交通は佐世保の重要な財産であり、それを支える港湾施設と運航事業者の努力が、この復活を支えています。

データから読み取る教訓

このデータが私たちに教えてくれることは、危機に対する強靭性(レジリエンス)の重要性です。コロナ禍という未曽有の危機を経験しながらも、生活に不可欠な海上交通は維持され、そして回復しました。これは、単に数字の回復だけでなく、地域の結びつきや公共交通の持続可能性を示す証でもあります。

令和6年以降、さらなる回復が期待される佐世保の海上交通。この「海の道」が、これからも市民と観光客をつなぎ、佐世保の魅力を支え続けることでしょう。

データ出典:令和6年版佐世保市統計書(第35回)「07_運輸 A_海上運輸 05_施設別乗降客数」
資料:港湾部みなと整備課、地域未来共創部宇久行政センター産業振興課

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